京都地方裁判所 昭和47年(ヨ)379号 判決 1974年6月20日
申請人
細見勇夫
外二名
右三名訴訟代理人
平田武義
外一〇名
被申請人
都タクシー株式会社
右代表者
筒井忠光
右訴訟代理人
猪野愈
外二名
主文
一 被申請人は、申請人細見勇夫に対し金二六万二九九四円、同平岡昭及び同平岡博に対し各金二七万〇八〇〇円をそれぞれ支払え。
二 申請費用は被申請人の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 申請人ら
主文第一項と同旨。
二 被申請人
本件申請をいずれも却下する。
第二 当事者の主張
一 申請の理由
1 被申請人(以下会社ともいう。)は、一般旅客自動車運送を業とする株式会社であり、申請人細見勇夫は昭和三七年六月二六日、同平岡昭は昭和三二年八月二一日、同平岡博は昭和三五年二月一五日それぞれ会社にタクシー運転手として雇用され、いずれも全自交都タクシー労働組合(以下単に組合という。)の組合員である。
2 昭和四六年七月一二日、組合と会社間において、賃金に関し次の内容を含む労働協約(以下単に旧協定ともいう。)が締結され、申請人らは、右協定に基づいてその賃金の支払いを受けていた。
(一) 基本給
月額四万八〇〇〇円。
(二) 出勤奨励手当
所定労働日における出勤日数が二四乗務以上あつたときは、二四乗務以上一乗務につき一〇〇〇円。但し、その月度の所定労働日のすべてを皆勤したときは三〇〇〇円。遅刻、早退、中断が八時間以上あつたときは、八時間毎に一乗務しなかつたものとみなす。
(三) 家族手当
(1) 妻 月額七〇〇円。
(2) 子 月額三〇〇円。但し、一八未満の子二人までとする。
(四) 能率手当
その月度の所定労働日における水揚高が一四万円をこえるときは、こえた分の四二%。
(五) 超過労働賃金、深夜業手当労基法三七条所定のとおり。
年次有給休暇手当 休暇一日につき平均賃金と同額。
3 申請人らの、昭和四七年三月度から昭和四九年二月度までの各月の水揚高は、別紙(一)ないし(三)の各水揚高欄記載のとおりであり、これに基づいて各申請人が右各月度に受領すべき賃金を右協定によつて計算すると、別紙(一)ないし(三)の各旧協定に基づく賃金額欄記載のとおりである。(申請人昭和四九年三月七日準備書面別表中申請人細見勇夫の昭和四八年一月の「支給されるべき額」に八〇九七二円とあるのは、疎甲四三号証の同欄と対比して八一九七二円の誤記と認める。)
4 ところが、会社は、昭和四六年一一月一七日、組合に対し旧協定を解約する旨予告し、さらに、一方的に就業規則により、新しい賃金規程(以下単に新規程ともいう。)を定め、右規定に基づき、申請人らの前記期間の賃金として、毎月別紙(一)ないし(三)の各新規程に基づく賃金額欄記載の金額しか支払わない。
5 よつて、申請人らは、旧協定に基づく賃金請求権を有するので、右協定に基づく賃金額から新規程に基づき支払われた賃金額を差引くと、昭和四七年三月度から昭和四九年二月度までの間の各月の未払賃金額は、別紙(一)ないし(三)の各未払賃金額欄のとおりとなり、被申請人に対し、なお右各月の未払金額の合計の賃金請求権を有するところ、申請人らは、いずれも被申請人から支払われる賃金のみによつて生活を維持している労働者であつて、近年の急激な物価上昇のおり、右未払賃金の支払いがないまま本案判決の確定を待つていては、その生活上回復しがたい損害を受けるおそれがある。
二 申請の理由に対する被申請人の認否及び抗弁
1 認否
(一) 申請の理由1・2の事実は認める。
(二) 同5の事実は争う。
2 被申請人の抗弁
(一) 旧協定は、有効期間の定めがないところ、被申請人は、昭和四六年一一月一七日、組合に対し、記名押印した文書で、昭和四七年二月二〇日限り右協定を解約する旨の予告をしたので、同日限り右協定は失効した。
(二)(1) そうして、被申請人は、就就業規則五四条に基づき、昭和四七年二月二一日から旧協定中、能率手当の項(第二・一・2(四))の、「一四万円」の部分を「一七万二二四〇円」と変更し、その余は旧協定と同内容の賃金を支払う旨の新規程を定めた。すなわち、
(2) 京都タクシー業界においては、運賃改訂の際、能率手当の基準となる水揚高の額(以下基準水揚高という。)を、運賃値上率の七〇%高くする労働慣行があり、昭和四六年度における運賃の値上率は32.9%であるから、これに基づいて計算すると、基準水揚高は、前項記載のとおり「一四万円」から「一七万二二四〇円」に変更されたことになる。
(3) 仮に、右慣行が認められないとしても、運賃の値上により、水揚高が増加するのであるから、基準水揚高を上げても、旧協定に基づき支払われる賃金額よりも、新規程に基づき支払われる賃金額の方が多く、労働者に有利である。
(4) 仮に、新規程が旧協定より、労働者に不利益であるとしても、その内容は、運賃値上に基づくもので合理的理由がある。
(三) 申請人らは、新規程に基づき算定された賃金を、昭和四七年三月度以降六月度まで、異議なく受領することにより、昭和四七年三月度から右規程の算定方式に基づく賃金によることに同意した。
三 抗弁に対する申請人らの認否及び再抗弁
1 認否
(一) 被申請人の抗弁(一)中、旧協定が有効期間の定めがない点及び旧協定が昭和四七年二月二〇日限り失効したとの点は否認し、その余の事実は認める。旧協定は、労働慣行により、新しい賃金に関する労働協約が締結されるまでの間、有効に存続するものであつて、いわば期間の定めを有するものであつた。
(二) 同二・(1)の事実は認める。
(三) 同(二)・(2)ないし(4)の事実は否認。
(四) 同(三)の事実中、申請人らが新規程の算定方式に基づく賃金に同意したとの点は争う。
2 申請人らの再抗弁
被申請人の抗弁(一)に対し、旧協定について期間の定めがないとしても、右抗弁に対する認否(第二・三・1・(一))で述べたような労働慣行があるから、旧協定の解約予告は権利濫用として無効である。
四 再抗弁に対する被申請人の認否
再抗弁事実は否認。
第三 疎明<略>
理由
一申請の理由1・2の事実は当事者間に争いがない。
被申請人は、旧協定は失効し、申請人らに対しては新規程に基づいて算定された賃金が支払われるべきであると主張するので、この点について順次判断する。
二まず、申請人らが、被申請人主張の前記就業規則に基づく新規程に拘束されるか否かについて検討する。
1 被申請人が、昭和四六年一一月一七日、組合に対し、記名押印した文書で、昭和四七年二月二〇日限り旧協定を解約する旨の予告をしたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎甲一号証及び弁論の全趣旨によれば、旧協定には有効期間の定めのないことが認められる。
そうすると、被申請人は、労働組合法一五条三項、四項により、少くとも九〇日前の予告をもつて旧協定を解約することができるのであるから、旧協定は、昭和四七年二月二〇日限り解約になつたといわなければならない。
なお<証拠>によれば、賃金に関して労使間に成立した労働協約が被申請人から解約された事実は過去に存在しないことが認められるが、右事実から直ちに、被申請人が新しい賃金に関する協約が成立するまで、旧協定を解約できず、したがつて、新しい賃金協約が成立するまで旧協定が有効に存続する旨の労働慣行が存在していた事実を推認することはできず、他に右慣行の存在を認めるに足りる疎明はない。
また、全疎明によるも、旧協定の解約が権利の濫用となるような事情は認められない。
2 ところで、労働契約の要素をなす賃金に関する事項について労働協約が存在し、後に右協約が解約された場合には、解約以前に締結された組合員の労働契約については、右協約の内容がすでに個々の労働契約の内容をなすに至つているものとみるべきであるから、解約後も使用者において当該労働者の同意を得ることなく一方的に右内容を変更すること(就業規則による場合を含む)は、いわゆる事情変更の法理の適用をみる場合のほか、その変更が労働者に有利であるか否か、あるいは、合理的な理由があるか否かを問わず、許されないと解するのが相当である(なぜならば、契約当事者の一方が、相手方の同意を要せず、契約内容の要素を変更することは、容易に許されないと解すべきであるからである。なお、最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決(民集第二二巻一三号三四五九頁)は、停年制に関する案件であつて、労働契約の要素をなす事項に関するものではないから、本件事案に適切な判例ではない。)。
そして、本件にあつては、右のような事情変更の法理が適用される事情が存在するとの点について、何らの主張もないし、被申請人主張の運賃値上がなされたとしても、それのみをもつて直ちに右事情の変更があつたと認めることもできない。
3 そうだとすると、申請人らは、被申請人が定めた新規程に拘束される理由はなく、被申請人の抗弁(二)はすべて失当である。
三次に、申請人らが、新規程に基づく賃金による旨を同意したか否か(抗弁(三))について判断する。
1 申請人らが、新規程に基づいて算定された賃金を、昭和四七年三月度以降同年六月度まで異議なく受領した事実は、申請人らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。
2 しかし、一方<証拠>によれば、会社から旧協定の解約が予告された昭和四六年一一月一七日以後、本件仮処分申請(昭和四七年七月一九日)に至るまでの間、何回となく、組合執行委員長名で会社に対し、旧協定に基づく賃金を支払うように申入をしていた事実が認められ、申請人細見勇夫の本人尋問の結果によれば、右のように、組合として会社に対し旧協定に基づく賃金の支払を求めていたので、申請人ら個人としては、個々に賃金を受領する際、特に異議を述べなかつた事実が認められる。
3 そうだとすれば、右1で認定した事実をもつてしては、いまだ申請人らが新規程に基づく賃金によることに同意したものとは認めがたい。
四そうすると、被申請人は、申請人らに対し、旧協定失効後もなお、旧協定と同一内容の賃金支払義務を免れない。
ところで、申請の理由(第二・一)3・4の事実は被申請人において明らかに争わないから、これを自白したとみなされるので、申請人らは被申請人に対し、それぞれ別紙(一)ないし(三)の各未払賃金額合計の請求権を有する。
五本件仮処分の必要性についてみるに、申請人細見勇夫の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、申請人らは、いずれも被申請人から支払われる賃金のみによつて生活を維持している労働者である事実が認められ、また、近年物価が急激に上昇していることは公知の事実であり、前項の未払賃金の支払がないまま本案判決の確定を待つていては、その生活上回復し難い損害を受けるおそれのあることが窺われるので、保全の必要性を認めることができる。
六結び
よつて、申請人らの未払賃金を求める申請はいずれも正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(上田次郎 川端敬治 松本信弘)
別紙(一)、(二)、(三)<省略>